1.8.The Days of the Meets. 〜part5
次の日の朝、純が目を覚ますと、隣のベッドは空っぽだった。 「どこ行ったんだあいつ。」 時計を見ると7時。ゆうべよく眠れなかった(と言うか眠らせてもらえなかった)ので、頭が痛い。 とりあえず今日の予定を確認していると、勢い良くドアが開いて、元気に淳が戻って来た 「たっだいまっ♪」 いつもに増して、テンションが高い。 明け方にぶつぶつ喋っていたのから数時間しか経ってないのに、なんだこの立ち直り。 「どこ行ってたんだよ。心配するだろ」 「ランニングに決まってんじゃん。心配してくれたんだあ。さすが一夜をいっしょに過ごした仲」 「また、おまえは、そういう言い方をするっ!」 純は頭を抱える。 「えー、なんで?おれが落ち込んで悩んでたら、ミネが優しく抱きしめてくれて、それで愛を確かめ合ったじゃねえか」 「…え゛っ!?」 冗談だと分かっていても、一瞬絶句し、ゆうべの事を思い出そうと頭をフル回転させる。 こいつが落ち込んでたのは確かだ。部屋の隅から動こうとしなかったから、肩抱いてベッドまで連れてって、むりやり押しこんだけど、…あれを抱きしめたって表現するかこいつは。 それに、愛を確かめ合ったって何だよ、第一あるのかそんなもん?脚色すんじゃねえよ。 純が真剣に考え込んでいる間に、淳はさっさとシャワーを浴びに行ってしまう。鼻歌なんて歌ってるし。 とにかく分かったことは、どうにか淳が立ち直ったらしいという事だ。 『ま、いいか…』 そう考えてしまうのが、純の弱い部分だ。 「ミネー」 淳がシャワー室から純を呼ぶ 「なんだよ、まだなんか言い足りねえのか、戯言」 「着替えがなかった。持ってきてー」 「あーもう、おまえは!」 「じゃ、このまま廊下歩いていいと思う?」 「めーわくだから、やめろ。持ってきてやるよ」 世話が焼けると思いながら、隣の部屋をノックする。 「起きてるか、尚、由宇也。おミズの荷物くれよ」 ドアが開いて由宇也が顔を出す。 「おミズ、どうだ?」 「すっげー元気。なんか許せないくらい。」 「そっか」 由宇也はほっとした顔になる。落ち込んだ淳を見ていたくないと言っていたのは、どうやら本気だったみたいだ。 「尚は?」 「寝てる。疲れたんだろ」 「普通疲れるよな。おミズがばか。あいつさっきランニングしてきたんだぜ」 「ミネー、早くってばー」 淳が隣の部屋のシャワー室から呼んでいる。 「うるせーな」 「ミネさ、もしかしておミズの面倒みるの、好きだろ」 笑いをこらえながら、由宇也は淳の荷物を渡す。 「んなわけねえだろ」 ひったくるように由宇也から淳の荷物を受け取る。信じられないくらい量が少ない。バックパックがたったの一つ。 「おまえの荷物って一つだけか」 と隣の部屋にむかって怒鳴ると 「そうー」 という返事。とても半月旅行する荷物の量とは思えない。 「ミネ、早くっつってんだろ。このまま歩き回るぞ」 「なんで、おれがそんなんで脅迫されんだよ。何考えてんだ」 文句を言いながら、荷物を持って部屋に戻る。 シャワー室から腕だけ出している淳に、 「ありがとうくらい言えよ」 と言いながら荷物を渡す。 「あ・り・が・と・う」 誠意のない返事が返ってくる。やがて、シャワー室から出ては来たものの、上半身裸で 「ミネどーしよー、服着ると痛え」 見ると、首から背中、腰にかけて、日焼けで真っ赤。ところどころ皮がむけかけて、ものすごい状態になっている。さすがハワイの日差しはきつい。 「っつーか、シャワーも痛かった」 「知るか。」 「ミネが冷てえ」 純はそれには答えずに、淳の荷物の中からTシャツを一枚引っ張り出し、頭からかぶせた 「いってぇぇぇっ!」 「はい、腕出す。おまえは今日暇かもしんねえけど、おれは忙しいんだよ。ほらメシ食いにいくぞ」****************
カフェテリアで、淳はあちこちから声をかけられた。トライアスロンで優勝(か、どうかまだわからないけれど)したことで、ますます名前が売れた。それまでも結構顔は売れていたんだけどね。 「今のやつ、馴れ馴れしかったけど、誰だろ」 朝食のホットサンドをぱくつきながら、純に聞く 「忘れたのか?昨日カフェテリアで盛り上がってたうちの一人だろ」 「ああ…じゃトライアスロンに出たやつか」 「覚えたんだろ」 「もういらねえもんな」 たしか全員の名前覚えて、特徴まできっちり頭に入れたって言ってなかったっけか。終わったらさっそく頭から消えるって事か、それも完璧に、素早く切り捨てている。 「全員忘れたのか?」 「ん〜。ラクロスに出るってはっきりしたやつは覚えてる。でもトライアスロンで何が得意とかは忘れた」 「徹底してるな」 こいつは…と呆れるのを通り越して、その徹底振りにある意味感心する。 目的に対する集中力は、凄まじい。 「おっはよーっ、ミッキー!優勝おめでとー」 後ろから、またもキャリーが抱きついてくる。 …だから、痛いんだってば… 思わず、息を呑んで、ホットサンドをぽろっと落としてしまう 「どうしたの?」 不思議そうなキャリーに純が 「日焼けで痛いんだよ」 と説明する 「ああ。そう言えば、レイもそんなコト言ってたわ」 だったら気をつけろ。 「で、レイは?」 「疲れたって寝てる。元気ねミッキーは」 その元気なはずの淳は、キャリーに抱きつかれて撃沈しているけれど。 昨日トライアスロンに出た選手のうち、半分くらいは今日は姿が見えない。もっとも、二日酔いもいるかも知れないけどね。 「でも、ホントに1位になったじゃなぁい、ミッキー。すっごいねえ。そんなちっちゃい体で」 「ちっちゃい、ちっちゃい言うんじゃねえ。他の国やつらがでけえだけだろが。」 「あっらー日本支部の中でも、別に大きいほうじゃないでしょ」 「…ぐ…。」 本当に、つくづくもう少し身長が欲しいと痛切に思う。目指せ180センチ…なんだけど、今173センチ、身長の伸びはかなりゆっくりになっている。標準的な身長からすれば、決して小さくはないけれど。 気が付くと、自分より身長が低いのは、歴史と兼治だけになってしまった。ちなみに、尚はほぼ同じだが、淳より1センチ高い。これもまたなんとなく腹が立つ。 「これから伸びんだよっ。見てろ3メートルくらいになってやる」 「それ、部屋に入りきらないぞ、ばっかだなおまえは」 純が笑う。 「ムキになんなよ」 「180あるやつに、おれの気持ちなんかわかんねえ。」 「たまにはおれに優越感味わわせろ」 「なんで、たまに?ミネのがおれより人間として全然上等じゃん。性格いいし、頼りがいあるし、おれよりずっとカッコいいしさ。」 「はいはい」 適当に受け流す。 淳のこういう言い方にもいい加減慣れてきた。どこまで本気なのかはよくわからないが 「腕とかもがっちりしてるしさー、肩幅あるしさー、胸板厚いしさー、憧れるよなー」 「きゃあ、ミッキーったら、彼の事好きなのおおおっ」 「うん、わりと ? 」 「あーん、だから、私の誘惑にもなびかないのねっ!そういうシュミだったんだあ。」 「おれは、ミネならいいかなーって思ってんのに、こいつなかなかその気に…いでっ!」 さすがにここで純の拳骨が淳の頭に落ちた。我慢の限界を超えた。 「ったく、言いすぎだっつの。なにが『いいかな』だよ」 「ってーな、マジなのに」 だから、マジだったらコワイんだってば。 「んな事ばっか言ってると、そのうち襲うぞ」 口が滑った。しまったと思った時は遅かった。 「きゃあああ、両思いっ!?」 「あーもう…」 純は頭を抱える。なんで身長の話から、こうなっていくんだ。こいつの頭の中割って、見てみたい… 話に乗るキャリーもキャリーだ。乗せられた自分も自分だけど。 それより、もしかして…本気にしてたらどうしよう。日本支部の中なら、冗談ってみんな分かってるけど。 「じゃ、バーイ。そろそろレイが起きる頃だから行くね。またねー」 立ち上がって行きかけたキャリーを呼び止めて、念を押す 「あの…さあ、キャリー今の話だけど」 「大丈夫よお、誰にも言わないから」 とウインクする 「そうじゃなくって、今の話、本気にしてないよな」 「やーだ、恥ずかしがっちゃってー。いいのよ、愛に老若男女は関係ないわ。お似合いよ。仲良くしてねえ」 「ち…ちが…。てか、お似合いって…???」 「じゃねー」 と行ってしまう。平然と朝食を食べ続ける淳に向かって 「…おミズっ!」 と怒鳴る。 「本気にされたぞ、今の、絶対!」 「えー、ミネやなんだ。おれの事キライ?」 「そーゆーことじゃねえだろっ!」 言い争っていると由宇也と尚が起きてきた。尚はまだ昨日の疲れが残っているらしくボーっとしている。 「聞いてくれよ、由宇也、この馬鹿、むっちゃくちゃ軽すぎ。5トンくらい重り付けてやってくれ」 「馬鹿言ってるって事は、元気になったって言うことだろ。よかったじゃねえか。心配してたんだろ、ミネ」 「やっぱ、心配してくれてたんだぁ、サンキューミネ」 「だから、抱きつくなっつうのっ!キスとかしようとすんなっ!」 昨日とか一昨日のほうが、自分にとってはまだ安全だったかもしれないと思う純だった。 「そうだ、昨日、尚にも言ったんだけど」 由宇也は声をひそめる 「尚のケガ、極秘事項だから、注意してなるべくいっしょに行動して欲しいんだ。ちょっとでも、知られそうになったら…わかるよな、おミズ」 「口止めして、2度と口きけねえように?」 「なんでそんなに過激だよ。何のためにフェロモン出してんだ」 「あれ、自由に出し入れできるもんじゃねえんだけどなあ」 「だったら、これを機会に訓練しろ。」 「ミネー、練習台になって♪」 「おっまえはああ!」 ばこ。純の鉄拳が、再度淳の頭を直撃した