1.8.The Days of the Meets. 〜part8

 
 
   
 約一時間後に淳はミーティングの部屋に現れた 「気…気持ち悪ぃ…」 と洗面所にかけこんで何度もうがいをしている 「大丈夫か、おミズ?」  思ったより早く開放されてきたので、ちょっとホッとしながら、純がのぞくと 「…へーき、キスだけだから」 「へーきとか言う割りに必死にうがいしてんじゃねえか」 「すっげーやだったんだよっ。おれだって誰とキスしても平気なわけじゃねーよ。くっそー、舌入れやがって、あの変態」 「よしよし、おまえはがんばったって」 「頭撫でんなっ!くっそーシャワー浴びてぇ」 「シャワーって…なんかされたのか」  恐々聞くと、怒りをあらわにして、 「されてねえっ!なんか嫌なんだよ、腕とか肩とか触られたから」  怒っている間は少なくとも元気だから安心だ。 「あああっ!なんか腹立つ!なんか妙に気に入られちまったしっ!自分から仕掛けたから文句も言えねえしっ」  もう一度うがいをする。 「シャワー浴びるか?着替え持ってきてやるぞ」 「…頼む。おれって、ミネに頼ってるよな…、ごめんな、いつも」  部屋の鍵を純に渡す。 「気味悪いからやめろ、そういうの。」
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 解散して部屋に戻ると、由宇也はすぐにどこかに出かけて行った。珍しく何も言わないで出て行った由宇也に、純がいぶかしがっていると、10分くらいですぐ戻って来た。買い物をしてきたらしく、紙袋を持っている。 「ミネ、これ、おミズにやって来いよ」 と渡す。中身はブランディー 「あの調子じゃあいつ寝られねえだろ。これ飲ませて寝かしちまえ。起きてるとうるさいから…何笑ってんだよ」 純はくっくっと笑いをかみ殺しながら、 「素直じゃねえな、由宇也。」  直接本人に、心配している事を言うのは、どうしても嫌みたいだ。 「おれは明日競技あるから寝る。おやすみ」  服も着替えず、そのままベッドにもぐりこんでしまう。 「自分で持って行けよ、由宇也」  純が呼びかけても、もう返事もしない。  はっきり言って純だってかなり疲れていて、一刻も早く寝たいが、淳の様子も気になる。紙袋をしっかり抱えて、隣の部屋のドアをノックすると、すぐに淳が顔を出す。一見元気そうではある。 「あれ、どうしたの、ミネ、夜這い?尚いるからダメだけど」 「おまえは、またそんなしょうもないことを…これ、由宇也から差し入れ」 と紙袋を差し出す。淳は袋の中を覗き込んで、とたんに嬉しそうな顔になる  部屋の中の尚の方を振り返って 「尚、酒もらった。飲もうぜ」 「傷の治り遅くなるから飲まねえ」 「そんな事言うなよー。ミネも飲んで行けよ」 「え?おれは…」 「いーからいーから」  純の手をつかんで部屋の中に引っ張り込む。 「はい座って座って。紙コップしかねえけどいいよな」  飲まないと言っている尚の分まで、3つのコップにブランディーを注ぎ、其々に渡し 「かんぱーい」 と紙コップを合わせる。音がしないのが寂しいけどね。 「これ、すっげーいい酒じゃん。由宇也張り込んだなー」  すぐに一杯飲み終えて、お代わりを注ぐ。  その様子を見ながら、純は 「あのさーおミズ、気持ちよく飲んでるとこ悪いけど、さっきの男のことだけどさ」  尚がチラと純を見る。手の中のコップには口をつけず、両手で暖めるように持ち、時々匂いだけかいでいる。 「これ消毒になるよな、口の中」  聞かない振りをしようとする淳に、さらに畳み掛けるように 「なんで、苦手なんだあのタイプ。いや…言いたくなきゃいいけど」 と聞く。淳は一瞬、どうしようという顔をして尚を見た。尚は、 「好きにすれば」 と口の中だけで答えた。淳はひとつ大きく深呼吸して、純の目をまっすぐに見ながら言った。 「おれさ、昔、売られるとこだったんだ。あの手の男に」 「は?」  思わず手に持った紙コップを落としそうになる。 「売られ…どこに?」 「多分、アラブの大金持ちとかじゃねえの。男の子世界中からコレクションしてそうじゃん」 「ああ、そういう…」 「おれはっきり言って結構可愛かったし。目ェつけられて、何ヶ月か狙われててさ。おれは気が付かなかったんだけど。すっげーヤバかったんだ。もうちょっとで、クロロフォルムかエーテルかなんか、かがされて連れてかれるとこだった。」 「どうやって逃げたんだよ。おまえまだ子供だったろ」  淳がまた尚の方を見る。 「だから、好きにしろって」  尚は淳にブランディーを注ぎ足してやりながら、また口の中だけで答える。  淳はコップの中身を一気に飲み干してから、低い声で答える 「…目、潰した…」 「…げ」 「指、目ん中に突っ込んで、目玉くり抜いた。」  淳は自分の左手に目を一瞬落とし、また純に視線を戻す。 「人の目玉ってけっこうでかいのな。手の平の上にころがった時、ああ、でかいなって思った。こんなん入ってんだって」  いやに冷静に観察している自分がいた。目玉のなくなった血の噴出す右目を押さえて、淳を罵倒しながら転げまわる男を見下ろしながら、その目玉を握りつぶして男の目の前に置き、ゆっくり手を洗って部屋を出たのを覚えている。 でもその後の記憶が抜けている。  気が付いたらΦの前だった。確か夜だったのに、次の日の夕方になっていた。そして、男の目玉をくり抜いたのと同じ手で、男の子の命を救い、淳はΦにやってきたわけだ。 「ごめん、もう一杯ついで」  純は尚にコップを差し出す。 「大丈夫か、峰岡。おれ、聞いた時吐いたけど」  黙って、尚がついでくれたブランディーをぐっと一口であおる。淳がぶつぶつと呟く。 「やるって、言ったのに、あいつは信じようとしなかった。お前にできるはずねえってあざ笑いやがった。」 「それでか。…それより、なんでそういう状況になったんだよ。4丁目で暮らしてただけじゃそうはならねえだろ」  淳は純から目をそらす。 「まだ言えねえ事したのかよ…」  純は頭を抱え込む。一体何してたんだ、あの一年間。たった11,2歳でまともな事をして生きて行けたとは思わないけれど。そして、人に言えない過去を抑え込んだまま、一見平気な顔で暮らしている淳の心の中が気にかかる。  初めて会った時の淳の様子を思い出す。肉体的にも精神的にも脆く、下手に触ると壊れそうな感じがした。そのくせふてぶてしくて、人を寄せ付けない。いつもどこか構えていて、大人びた表情をしていた。たまに由利香に見せる素直な表情だけが、かろうじて12才の少年なんだという事を思い出させた。今だって、オトナの振りはしているが、まだ16才だ。 「ま、いいか。」  立ち上がって、淳の頭を一つポンと叩く。 「話す気になったら話せよな。」 「ミネもな」 「そのうちな、じゃおやすみ」  紙コップをゴミ箱に捨てて部屋を出る。  自分の部屋に戻ると、やはり由宇也は起きていた。 「どうだった?なんか聞いたか?」 「う〜ん…ちょっと…」  ベッドにどさっと座る。疲れが急にどっと出てきた気がする 「なんだか、危ういよなあ、あいつ。時々さあ、どうしてやったらいいか分からなくなる。落ちつかねえ」 「ミネ…、それ、危ねえぞ。」 「え?何が?」 「おまえおミズに入れ込み過ぎ。恋かよ」 「は?」  純は一瞬由宇也の顔を凝視し、大笑いしだした。 「恋って…。ある意味、『好き』なんだろうけどさ。あいつはおれの…。ま、いいや。」 「ミネも過去話さないよな」 「由宇也もだろ」 「おれは話すことなんてなんもんねえよ。みんなが考えるほど特殊じゃねえ。平々凡々たるもんでさ。ただ、子供のころから、人は殺せるような訓練受けてきてるだけ。あと、人を信じるなって教え込まれただけ。」 「どこが平凡だよ。そういうのは平凡って言わねえ。おれなんて小学校まではほんと普通の子供だったぜ。」 「そういう意味じゃおミズもそのはずなんだけど…どこをどう間違えると、ああなっちまうのかな。あいつの倫理観歪んでるよなあ、かなり」  その、『歪んでいる』淳。こっちはこっちで、純に言ってよかったものか頭を抱えている。 「らしくないからよせ。おまえは、自信満々、反省しない、周りを見ないで自分の論理で突っ走る、相手を適当に受け流す」 「………ひっでえ……」 「つまり周りを心配させてる分には、安心なんだよなあ。矛盾してるみたいだけど」 「…さすがに、悩むんだけど、その言われ様」  大きくため息をついて……3分、4分、5分ぐらいが過ぎたあと大声で叫んで立ち上がる。 「あーーっ、もうっ、うっぜええっ!!もう、やめやめやめっ!悩むの辞めた。今更悩んでも何の解決にもならねえしっ!」 「それが、おまえらしいってやつだよ。でもさ、例のヤツに気に入られたとか言ってたけど、それどうすんだ?」 「ひえ?ああああっ、そーだったっ!あのやろーまた明日も会いましょうねとか言ってやがった。」  また座り込む。尚がちょっと沈んだ口調になる。 「おれがケガなんかしたせいだよな」 「それは言うんじゃねえっ!どっちかがケガする事になってたんだよ多分。だとしたら、おれの身代わりになったわけだろ」 「淳ならケガしなかったかも」 「かも、とか、もし、とか、だったら、とかは、もう大会終わるまでナシ。キリがねえ。おれは前だけ向いて生きていくんだ」  尚は思わず、淳の言葉を聞いてちょっと笑ってしまう。自分と血繋がってるけどホントへんなヤツ… 「と、言うわけで、おれはもう寝る。尚も明日走れそうならいっしょに走ろう。気持ちいいぜ、ハワイの早朝。」  そしてまた、大会の一日が始まる。
  
 

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