1.9.She Starts Her Junior High Life. 〜part3
次の日の朝になると、由利香はケロっと昨日怒った事を忘れていた。すっかり元気になって 「でっさー、やっぱあったま来るから、画鋲つき返してやった方がいいっかなー」 と朝ご飯のトーストを振り回しながら、淳にアドバイスを求める 「やめとけ。相手になるだけ疲れるぞ」 「そっかなー。でも泣き寝入りみたいで口惜しーじゃん。あ、アンズジャムちょーだい」 淳の皿からアンズジャムを勝手にとって、自分のトーストにたっぷり乗せて口に運ぶ。 今日の朝食は、野菜とベーコンがたっぷり入ったスパニッシュオムレツ、たまねぎのスープ、トーストにバターとアンズジャム。デザートにブラマンジェ 「やるって言ってねーぞ」 「あ、それも欲しいなあ、ブラマンジェ」 「…きーてんのか、人のいう事」 「淳、甘いもの嫌いでしょ」 「嫌いじゃねーよ。何、勝手に設定変えてんだよ。食うよっ!」 確かに、デザートが淳の皿から由利香の皿に移動していることは良くあるけれど、それは、勝手に由利香が持っていってしまっているだけ。そして、淳が何も言わないだけ。面倒だから。別に淳が甘いもの食べないって訳じゃない。 そんな事を言いながら、いつも通りの平和な(?)朝食風景。『ぜってーこれじゃ腹いっぱいにならねえ』と呟きながら、淳は追加注文しに行く。皿の上にブラマンジェは残したままだ。その間に、純と愛がやって来る。 愛はやっぱりいつものようににこにこして 「ユカ、おミズとけんかしてたんじゃなかった?」 「え?そーだっけ?」 由利香はトーストにバターを塗りながら昨日のことを思い出してみた。そう言えばそんな気もするけど、まあいいや。淳も気にしてないみたいだし。 純と愛は顔を見合わせる。どうせ、この二人はこんなもんだいつも…ちょっとは心配してたのに そこへ、淳が『追加注文』のおにぎりセットを持ってもどってきた。おにぎり5個と味噌汁と卵焼き。ちなみにメニューにこんなものはない。 「なんだ、それ?」 「朝飯」 「食ったんじゃねえのか」 テーブルの上には、トレーの上にきれいに空になった皿。ブラマンジェは、いつのまにか由利香のトレーに移動している。 「あんなんじゃ足りねえ」 おにぎりセットのトレーを置いて、味噌汁を一口。おにぎりを1個手にとって、三口くらいで胃に収める。 「中身なんだった?」 「え?なんだろ、わかんねー」 少しは味わえ。次のおにぎりを手にとって、今度は半分に割ってみる 「これは、たらこ」 「あ、ちょーだいちょーだい」 「やだ。」 答えるのと同時に口に押し込む。味噌汁で流し込むように飲み込んで 「人のデザート勝手に持ってくようなヤツにやるわけねーじゃん」 「あ、ばれてた?」 「しっかし…よく食うよな、おミズって…。どこ入ってくんだよ」 「胃」 「そりゃそうだろうけど」 なんだか、胃に入る前に全部エネルギーになって、放出されているんじゃないかと思うくらい、食べる。まあΦの連中は、男女を問わずみんなよく食べはするけれど。だから、基本的に定食もかなり量が多目で1.5人前くらいになっているし。淳の場合、2〜3人前は普通。興に乗ると5人前くらい軽かったりする。 そんな事言ってる間におにぎりと、味噌汁と卵焼きを食べ終え、 「食いたりねえ…」 とまだ、ぶつぶつ言っている。 「一昨日走りすぎたのと、怒った分じゃないのか」 「かもなー。あとラーメン2,3杯いけそう」 由利香がそれを受けて、 「そーだよねー、みんなよくお弁当だけで足りると思うよ。小食だよねー」 なんて言う。クラスの男の子達が小食に見えるようだ。休み時間にお弁当食べて、昼休みに購買でパン買ってたりするんだけど。 「そう言えば、ユカお弁当どうしてるの?」 「昨日は、食堂のテイクアウト。一昨日は購買で買った。今日も購買かなあ…あしたは自分で作ってみようかな」 食堂では頼めば有料で、定食のうちテイクアウトできそうなものを詰めてくれる。試合などに行く場合必要なこともあるんで 「えっ!?」 「うそ」 「やめろっ!」 3人同時に非難の声が上がる。 「なんでよー。サンドイッチくらいならー」 「そのくらいなら、おれが作ったほうがマシっ!」 思わず淳が口走る 「え?」 「は?」 また変なこと言い出した、と言わんばかりに愛と純が同時に淳を見る。 絶対勢いだ。絶対何も考えてない。あ、ほら、しまったって顔になってるし。 ぱっと由利香の顔が明るくなる。淳が勢いで喋ってるのは、多分彼女も分かってるはずなんだけど 「あ、じゃあ、作ってよ!」 「え?ええと…」 なんでそうなるんだと言いたげな淳を遮るように 「決まり!明日淳がサンドイッチ作ってくれるのね。わあ、たっのしみいい」 と、さっさとハナシは進んで行き、由利香の目は中に星が見えそうなくらい、期待でキラキラ輝いている。 「あ、えと、ちょっと、ユカ、あのさー」 「あ、時間ないやっ。行ってきまあすっ」 …行っちゃった。脱力してテーブルに突っ伏した淳が残される 「おまえ…馬鹿だろ」 純は笑いをこらえながら淳の頭をポンと叩く 「…また、墓穴掘った…」 言いながらテーブルの上に組んだ両手に顎を乗せて、上目遣いに向かいの純を見上げる 「ミネ、サンドイッチってどー作んの?」 「カワイ子ぶったって、手伝わねえぞ」 純は片手で頬杖をついて、まだ半分笑いながら答え、片手を伸ばして淳の頭をぐしゃぐしゃなでまわす 「おまえ、ほんっと、時々どーうしようもないほど馬鹿なとこが、カワイイよなあ」 「カワイくなんかねえっ!」 体を起こして、純の手を払いのけ、またテーブルに突っ伏す 「おミズ、むしろユカにお弁当作って欲しいほうなのにねえ」 愛も笑いながら言う。 「それも…やだ。そんなんで死にたくねえ」 「またまた〜」 「愛ちゃん、教えてクダサイ、サンドイッチ…」 なんだかんだ言いながらも、結局作ろうとしてしまうのが淳だ 「本当に作るの?」 「だってなぁ…あーんな目で見られたらさあ……」 言いかけて、二人がにやにやして自分を見ているのに気がつく。 「何にやについてんだよっ、二人して!」 「いや…おミズ、ユカに弱いなあって思って」 「うっせーっ!」 「顔赤いぞ」 「だからっ!うっせーっっ!!っつの!」 そして、『わかってんだよ、んな事は』と小さな声でつぶやいた****************
「香野くんが、ユカの事かわいいって言ってたよ。」 お昼ご飯を食べながら、真知子がこっそり由利香に言った 「?香野くんって…どの人だっけ?」 由利香も小声で聞き返す。まだ3日目。クラスのほとんどは『知らない人』だ。 「あそこにいます」 早苗がそっと3、4人のグループで盛り上がってる男の子達を指差した。…と、その中のひとりがちらっとこっちを見た。ほんの一瞬ですぐ目をそらす。 「あれ、あれ」 真知子がそっと目配せする 「ああ…」 昨日の理科の実験でいっしょだったと思い出した。なんか親切に色々教えてくれたっけ。もう全部Φの課題でやっちゃったところだったけど、素直に聞くくらい処世術くらいは、由利香も身につけている。何しろ『知らない人には愛想良く』だし 「頭良いんだよ。いつも学年で5番以内」 「すごいね」 と、とりあえず言っておく。どの位すごいことなのか、まったく見当はついていないんだけれど。そういえば真面目そうな感じだったな。言葉遣いもていねいだったし。 「部活もバスケ部でレギュラーですよね」 「顔もまあまあ」 あのくらいの顔が、まあまあの路線と頭にインプットする。でも、まあまあって、基準より上って事だよね…どのくらい上なんだろう…やっぱりわからない 「性格もマシなほうだよね、しょうもない男子の中じゃ。」 性格がマシって…??どういう男の子がマシなんだろう。 多分、女の子達の感覚だと、まともに話が通じる程度の意味しかないんだろうけれど、由利香の頭はどんどん混乱していく。 「香野くんだったらつきあってもいいって女の子たくさん知ってます。まあまあですよね」 まあまあを繰り返し、ねーっと言いながら真知子と早苗は顔を見合わせる。 「ユカは好きな人いるの?」 「う〜ん。好きな人は…いない…かなあ…」 無意識に言葉を濁し考えながら答える由利香に、真知子が不審そうに 「なんであいまい?」 と聞く。早苗も声を潜めて 「もしかして、悩んでるんですか?」 「え?」 「前の学校の人なの?同級生ですか?先輩?あ、転校したから別れなくちゃいけなくなってしまったとか?」 「そっかあ。ユカたいへんなんだねえ」 「別にそんな事言ってないよ、私」 「そうなの?じゃなんではっきりしないの?」 「自分でも…よくわかんないんだ…」 思わず本音がポロっと出てしまった。 「え?」 しまったと思った時は遅く、口が勝手に動き始めていた。自分でも整理がついてないことなのに。なんでまだ会って3日目の女の子たちにこんな事話してしまうんだろうと、自分で自分に不思議になりながら、ひとつひとつ言葉を選んで 「好きなのかどうか、よく分からないんだ…。すっごいいろんな経験してるし、私なんていっつも子ども扱いでさ。多分眼中にないと思うんだ、そういう対象としては。色々心配してくれたり、気を使ってくれるのは分かってるけど、妹とかそういう感じだと思う。好きになっていいのかも、よくわかんないんだ…」 「考えすぎじゃないの?」 真知子がサラっと流す 「考えすぎだよ、ユカ。別にすぐにケッコンとかするわけじゃないし、好きなら好きでいいじゃない。違う?」 「そうですよ。」 早苗も頷く。 「そ…そっか」 でも、普通と違うんだよ、状況が、と由利香は思う。普通に学生で先輩と後輩とかだったら、好きですとか言って付き合ってみて、やっぱダメだわって別れることもできるけど、寝食共にしているΦではなかなか難しい。現にそんな状況になってしまって、片方があるいは両方がΦを去っていってしまった例をいっぱい知っている。 「で…どんな人?」 真知子と早苗が身を乗り出す。 「え?」 「その人。名前は?年は?性格は?背の高さは?」 「背は…ええと173かな、今。年は…16で…性格は…喜怒哀楽が激しくて、口が悪くて、てきとーで、落ち込むとたまにすごく暗い。言動はけっこう過激」 「な…何ですかそれ」 「ユカ…大丈夫?そのひと」 「多分。ちょっと変だけど。」 「顔は?顔」 「顔?う〜ん、ちょっと表現し難しい…」 すっごくキレイと言いたいところだけど、本人いやがるし、誰に似てるとかも表現しがたいし。 でも、それを二人は違う風に解釈したようだ 「ユカ…言いたくなければいいよ」 「ええ…人間誰にでも欠点ってありますし」 「いや…欠点ってほどでも…。本人はあんまり好きじゃないって言ってるけど、私は…」 「あばたもエクボって言いますよね」 「ユカ、ホントに好きなんだあ」 なんかものすごく、会話がかみ合ってない気がするんだけど。 「あとは?」 「あとは…ええと、すごくよく食べて、すぐその辺で寝る」 「…」 「…」 二人の中の淳のイメージがどんどん本人から離れていく。だって、普通たくさん食べて、ごろごろしてたら…太るよね。でもって顔が欠点で(?)、怒りっぽくて(いや喜怒哀楽がはっきりしてるだけだって)ときどきものすごく暗くなって、ちょっと変って…。なんかアキバあたりで、チェックのシャツ着て斜めカバンで出没してそう… 「ユカ…いったいその人のどこが好きなの…?」 って言われても仕方ないか。由利香の方は、二人がそんなイメージを作り上げた事に気がついていないから 「え?どこって言われても…」 と普通に答えるだけ。でも、その答えがまた二人には、本当に由利香が悩んでいるように聞こえてしまうわけだ 「あのう…悪い事言いませんから,香野くんと付き合ってみたらどうでしょう」 「うんうん。絶対、香野くんのがマシだって」 「そ…そっかなー。でもまだ私、香野くんに付き合ってとか言われてないし」 と由利香が言うのと同時に、香野がこっちに向かって歩いてくるのが見えた。顔をちょっと紅潮させて、まっすぐに由利香を見て いる。いっしょにいた男の子達は一見気にしていないように、バカ騒ぎを続けているが、明らかにこっちをチラチラ見ている。 香野は由利香の前に立った。由利香の顔をしっかり見据えて 「山崎さん、今度の日曜日、一緒に映画行かない?と言っても4人でだけど」 「きゃああ、ほら、ユカ。ダブルデートのお誘いよ」 「あ、いやデートとかじゃなくって、山崎さんクラスに早く馴染めるといいなって…」 香野は必死に否定する。頬がますます紅潮する。 「香野くん、誘ってくれてありがとう。ユカったら、しょうもない男にひっかかりそうになっていて」 真知子が香野の手を取らんばかりに喜んで答える。 「そうなの?」 香野は由利香をまじまじと見た。 「良かったら相談乗るけど…」 「そういうわけじゃ…」 「いいやっ、ユカには香野くんのがお似合いっ!よかったねユカ」 「山崎さん、どう?」 「ええと…」 由利香は頭の中で、やっぱ淳に相談した方がいいよねと考えていた。****************
で、その、しょうもない男にされかけている淳。 昼を利用してみんなを集め、サンドイッチの具について情報を収集中。 ある意味しょうもないかも知れない 「やっぱ卵だよねー」 とみんなの意見が一致 「卵?あれ、どー作んだ?」 という淳の言葉にみんなの白い目が集中する。そんな目で見られても、卵サンドは卵味(当たり前だ)で、卵が入っていることまでは理解できるが、あれをどうしたらあの姿になるのか全く想像もつかない。ほとんどの料理は、淳にとって魔法と同じレベルだ。味付けはだいたい想像がつくが、切ったり煮たりして形を変えていく課程が、さっぱりわからない。 「卵ゆでて、皮むいて、白身と黄身に分けて…白身は包丁で細かく切って…」 最近、少し料理のレパートリーが増えつつある温が得意満面に説明する。 「白身と黄身…どーやって分けんの?」 「茹ってるんだから、ぱかって割れば分かれるわよ」 「ぱか?」 淳の頭に、ゆで卵がそのまま2つに割れた図が浮かぶ。もちろんキレイに黄身と白身の断面が見える。…だめじゃん 「わ…わっかんねえーっ!」 叫ぶ淳に 「なんでー!」 と温も叫び返す。それを見て 「ちっちっちっ」 花蘭が指を左右に振る 「おミズにそれは無理、どー考えても」 「おれもそう思う」 「アメリカの雑誌で読んだよ。ゆで卵そのまま、フォークでつぶせばオッケー。で、マヨネーズ混ぜる」 「えええ〜っ!?」 一斉に驚愕の叫びが上がる。あの手間暇かかる卵サンドがそんなに簡単にできるなんて。さすがアメリカ人。手を抜く事にかけてはプロフェッショナル みんなが感心してるのをよそに 「イメージわかねえ…」 と淳は頭を抱え込む 「カラはどーすんだ」 「カラはむくの。当然よ」 花蘭は呆れ顔だ。 「そっか…」 「おミズ無理じゃないの、サンドイッチ作るの…」 歴史が何気なく言った一言が、淳の闘争心に火をつけてしまった 「無理じゃねえっ!おれに不可能はないっ!」 「ムキにさせてどーすんだ、チル」 「いや…面白いかなって」 「そういやあ、昔うちではよく残り物が挟まってたよなあ」 純がしみじみと言う。純が自分の家の事を口にするのは、珍しい。 「残り物って?」 「カレーとかキンピラとか切干大根とか…」 「ミネんちって…貧乏?」 淳が失礼な質問を投げかける。 「うるせえな、確かに金持ちじゃなかったよ」 いくら、淳が考えないで喋るのを知っていても、さすがにちょっとムッとする。 「うちは、塩辛が入ってたことがあった」 と健範。 「すっげーまずかった…うちも貧乏だったんだなあ」 「たらこは美味いよな。マヨネーズとバターで合えるんだけど」 兼治の言葉にみんなで頷いていると、また淳が 「アエルってナニ?」 「混ぜる事」 「じゃ、混ぜるって言えよ、紛らわしい」 「おミズが知らないだけだろ」 と、またみんなに非難される。 「うちのサンドイッチには、スライスチーズと海苔が入ってたなあ」 千広が思い出したように言う 「海苔?うまいのか」 「うまい事はうまいけど、食いにくい。海苔が湿るとやたら伸びるんだ、これが」 「チョコレート湯煎して溶かしてはさんで、固まるとパリパリしておいしいわよね」 馨の意見に当然引っかかる。ややこしい言葉使うから… 「ユセン?」 「ええと…」 説明に窮する馨に、武が助け舟を出す 「大き目のボールと小さいボールを用意して、大きい方に60度くらいのお湯を入れて、小さい方に柔らかくしたいものを入れる。で、小さいボールを大きいボールのお湯にゆっくり入れて、そっとかき混ぜながら溶かしていくんだ。このとき小さいボールの底が大きいボールの底につかないように気をつけて…」 「次行こう、次」 淳の理解力が臨界点を超えたようだ。『湯煎』と言う言葉に関するすべての事柄はきれいに頭からクリアされた。 「りんごとチーズもイケるよな」 「どーすんの?」 「りんごを薄切りにして、塩水にさらして…」 由宇也の言葉に対する疑問を受けて、優子が説明を始めるとまたそこでひっかかる 「さらす…って?」 「ええと、ちょっとの間、その中に入れておく事…かな?」 「……???」 「やっぱ、無理だと思うなあ…」 歴史がしみじみと呟いて、となりで健範が小さく頷いた。