2.1. Snow,Snow,Snow 〜part3

 
  
     
「ゆきちゃん、入るよ」  木実は小雪の部屋をノックし、返事が来る前にドアを開けた。もっとも、小雪が部屋に入るのを拒否した事はない。  木実が部屋に入って来ても、小雪はそっちに顔も向けず、床に腰をおろして、目を閉じたまま、床に広げたジグソーパズルのピースを手探りで探している。 「今度は何の絵?」  木実はパズルに目を向ける。真っ白の何も図柄のないパズル。『ミルクパズル』と称される、形だけで判断しなくてはならない最も難しいパターンのパズルだ。 「絵がなくて面白いかなあ。あぁもっとも、パズル見ないでやってるからいっしょだね」  左手で出来上がったパズルをなぞり、右手で残りのピースを探す。根気と集中力のいる作業だ。やがて、器用そうな細い指先が一つのピースの上で止まり、左手で押さえている場所にはめる。ピースはぴたりと一致した。小さくため息を漏らすと、小雪はゆっくりと目を開けた。 「みごとだね、いつもながら」  木実は数回軽く拍手する。 「こんなこと、ゆきちゃんしかできないよ、きっと」  小雪は言葉を否定するように、ゆるやかに首を横に振った。真っ直ぐな銀の髪が、さらさらと音をたてて揺れる。 「できるよ、ナッツも。」 「できないよ。やろうとした事あったけど、できなかったじゃない」 「できる。ゆっくりやれば。」  確かに時間はとてもかかる。ピースは全部で1000ピース。今は3分の1くらいが仕上がっているが、残りはまだ700ピース程度ある。一つ一つ手探りで探すのは大変そうだ。気の遠くなるような時間と気力を費やしながら、小雪はほとんどの時間をここで過ごしている。 「僕はゆきちゃんみたいに辛抱強くないからね」 「あの女に付き合っている。」 「あの女…か。」  木実は苦笑する。 確かに茉利衣に付き合うのは時々大変なこともあるが、ずっと外に出られない小雪よりはずっと楽だと思っている。  「で、用事は。」 「用事なんてないよ。顔見たかっただけだって。たまにはゆっくり話そうかなとか思って」  木実の言葉に、小雪はフッと皮肉っぽい笑いをこぼす。まるで、喋っているのは木実だけだろうと言いたげだ。  木実は肩をすくめる。 「ゆきちゃんの言いたい事はだいたいわかるから、口に出さなくたっていいよ。僕は、ゆきちゃんといっしょにいるのが好きなんだ。とっても安心できる」  多分小雪といて安心できるのなんて、木実だけだ。みんなは、木実がそんなことを言うのは小雪に気を使っているだけだと思っているようだが、木実は本当にそう思っていた。幼い頃からずっと一緒の幼馴染は、木実にとっては心安らぐ存在なのだ。たとえ、彼がどんなに優れた暗殺者で、相手が気が付かないうちに命を奪う事すらできるとしても。 自分も小雪もきっと普通の社会じゃ一人で生きていけない。特に小雪は絶対に適応できない。もしも、ここを出て行く事になった時、小雪がちゃんと生きていけるか見届けるのは、一緒に育って、小雪を中に残して一人外に出る事になった自分の役目だと思っている。そのため、なるべく外の様子を小雪にも話したりしているのだが、彼は関心を示そうとしない。 まるで、外で生活する時は、自分の存在意義がなくなる時だ、とでも言うように。
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「そう言えば、食堂休みだったよな。」  10時くらいになって、やっと誰かが言い出した。おまけにめったに休まない『ナオ』まで3が日はお休みだ。  いつも完全にこの中だけで生活が成り立っているので、機能がマヒした正月は生活がなかなか大変だ。 「誰か買出し行って来いよ」  誰ともなく言い出して、ジャンケンで負けたワースト3人で買出しに行く事に。  最下位は当然のように健範。健範が行くなら、と言って、歴史が名乗りを上げたので残りは一人。 「おれ行こうかな、自分で行けば好きなもの買えるよな」 と言い出した淳にみんなの批判が集中する。 「おミズ行かせるな。絶対変なもの買って来る」 「なんでだよっ」 「酒ばっかとかな」 「いーじゃん、正月だし」 「よくねえっ!」 というわけで、淳を除く12人でジャンケン。負けたのは花蘭。 「なんか、姐御と使いっ走りって感じ…」  せっかく買い物に行こうとしていたのに、反対された淳は、毒舌を吐く。 「おミズっ!」 「チルチルに使いっ走りはカワイそうよね」  花蘭が考えながら頷く。 「おれは可哀相じゃねえのかよ!」 「ノリはなんかそれっぽいね。」 「って言うか、自分の姐御はっ!?」 「それは気に入った。なんなら今日から姐御って呼んで」  花蘭は2人を従えて肩で風を切るようにして食堂を出て行った。  ちょっとカッコいいかも。  そこへ、インターフォンで館内放送が入る。 「水木淳さん、ご面会の方です。門までいらして下さい。」 「誰だろ」  食堂の窓から門を見ようとするが、誰がいるかは見えない。  インターフォン越しには、ざわざわと何人かの声が聞こえるが、何を話しているかまでは聞こえない。 「おれも行こうか?」  純が一応声をかけるが、淳は首を左右に振ってさっさと一人で行ってしまう。 「無防備だよなあ」 「ミネは、心配性だね、おミズの事だと」 「あいつが考えなさ過ぎだから、補ってるだけだよ、タケ」 「おミズもそうそう危険の中に飛び込んでは行かないと思うけど」 「甘い!あいつは面白そうだったら、危ないと思っても飛び込むやつだ。…やっぱ、行って来る」  純は席を立ち、淳の後を追った。  門の前はものすごく派手だった。  純が門の前に着くと、淳は大勢の輪の中にいた。一見して、普通のお仕事ではない集団。ちょっと見ると、みんなお姉さんのようだけど、よく見ると、お兄さんも混じっている。みんな新年用に振袖だの、やたら派手なドレスだの、金ぴかのチャイナ服だのに身を包んでいる。どう考えても、4丁目のお店のおねーさん方だ。 みんなてんでに勝手なことを喋りまくっている模様。うるさいったらない。 「あ、ミネ」  純が来ると、淳はほっとしたように手を振ってくる。 「な…なに、なんの騒ぎ?」  恐る恐る近くに寄ると、すぐに全員の目が純に集る。 「あっらあ、お友達?」 「こっちもなかなか、いい感じねえ」 「あんたら、ミネに手ぇ出すなよ。ただじゃすまねえぞ」 「やっだあ、そういう関係?」 「きゃあきゃあ」  騒ぎ出した集団に、更に場が騒がしくなる。 「…まったく、なんで、そういう発言するかな、おミズは…」 「いいのよー私たちそういうことには、とーーーーーっても心が広いから」 「男の子2人がそういうのって、微笑ましいわよねえ」 「ミネはストレートだから、あんたらが期待するような楽しい事は、ねえのっ!」 「なーんだ、残念ねえ」  みんな心底がっかりした顔になるが、すぐに。 「頑張って誘惑しなさいよ。得意でしょ」 と淳をけしかける。 「おまえは…」  純はため息混じりに淳の耳元で嘆く。  「どういう扱い受けてるんだ、4丁目で…」 「え?あ…あははー」  笑って誤魔化す淳に、真剣に不安になる。男を誘惑するのが得意と思われてるのって、どう? 「まあ、それはそうとして、とにかく顔見られてよかったわ」  リーダー各のおねーさんの言葉にみんな頷く。 「もしかして、みんなおミズの顔見にだけ来たのか?」 「やあねえ、お友達、そんなわけないでしょ。ここ、お正月は食堂休みって聞いたから、これ持って来たのよ」  みんなてんでに荷物を取り出す。多分お節料理が入っているお重がざっと2,30余りと、大量のお餅と鶏肉、三つ葉。  「うわ、すっげー。サンキュー」 「このくらいあればみんなの分あるでしょ?」 「多分。」 「すみません、ありがとうございます」 「あらあ、お友達礼儀正しいわねえ。礼儀正しい男の子好きよ」  純はいきなり抱きすくめられ、頬にキスされた。 「あーっ、ミネはダメって言ってんだろ。ったくー、ちょっと考えろよ。」 「…び…びっくりした…」  純は目を丸くして固まっている。 「純情ねえ、可愛いわあ」  隣のおねーさん(多分お兄さん)も手を出して、またも頬に唇を押し当てられる。 「う…うわ、おミズっ!」  淳は固まっている純の手を引っ張って引き寄せる。自分の後ろに庇うように立つと、 「あーもうっ!おれといっしょにすんなよっ!」 と怒鳴るが、 「ムキになってもかわいいわねえ」 の言葉に力が抜ける。 「…だめだこいつら。ミネ生きてる?」  純はしゃがみこんで、虚ろな目をしている。   「うわ、ミネ壊れた。覚えてろよ、あんたら」 「うふふ〜、今度遊びに来るときは、是非そのお友達もいっしょに…」 「行くわきゃねーだろ」 「あら残念。じゃあねえ」 「きゃはは」  おねーさんたちは笑いさざめきながら、嵐のように去って行った。 「…ったくもう、なんなんだよ、一体」  淳は呆れて騒がしい集団を見送る。お正月なのでいつもよりパワーアップしている。多分みんなで夜通し騒いで、そのままの勢いで来たに違いない。この後は、おそらく初詣だ。今度は神社で迷惑をかけるに違いない。 「ミネ〜。へーき?」  まだしゃがみこんでいる純に声をかける。 「あー、なんかよくわかんねえ」 「ダメじゃんミネ。おれの事守るって言ったくせに、おれに助けられてたら。」 「それ、言うなよ」 「あいつらも悪いヤツ等じゃないんだけどさー、ちょっと浮かれすぎだよな。今度怒っとく。ごめんな」 「おまえに謝られてもなあ」  純はやっとの事で立ち上がって苦笑する。 「ま、正月だしな。それよりおれはお前の4丁目での立場が心配だ」 「おれの事ばっか心配してねえで、自分のこと考えたほうがいいぞ。気に入られてるし」 「うそ!」 「はは。後とかつけられない様に気をつけな。あ、おじさーん」  最後の部分は、警備室の中で事の成り行きを見守っていた警備員のおじさんに。 「なんですか?」 「台車あるよね、貸して。それから、お節、食う?」 「いいんですか?」  警備員は奥から台車を出して来ながら、嬉しそうな顔になる。 「うん。だっておじさんも、正月なのに弁当だろ。つまんねえじゃん。あいつら料理はうまいから、多分どれとってもハズレないと思うよ」 「じゃ遠慮なく」 「ついでに一杯やっちゃえば」 「さすがにそれはちょっと」  さっそくお重の蓋を開けてみる。中は洋風のお節で、豪華なオードブルが詰まっている。思わず 「持って帰って家族で食べてもいいですか?」 「どうぞ、どうぞ。じゃもう一個」  もう一つ警備室のテーブルに置いて、残りを台車に乗せる。押そうとしてみるが 「なんか、重い。非力なおれには無理」 「それは、おれに運べって事か」 「うん。 ♪ 」  純は黙って台車を押した。別にそんなに重くない。 「重くねえぞ」 「そ?」  淳は楽しそうに、一歩前を歩いて行く。  ちょっと振り向いて 「これで、おあいこな。一個ずつ助け合ったっつう事で」 と言い残すと走って行きかける。 「おい、おミズ」 「せっかくだから、酒持って行く。ゆうべの残り、『ナオ』に置いてあるからさ。」  もう一度振り向くとそれだけ言って走って行く。  かなり離れてから、 「あ、そうだ、誰かに雑煮も作ってもらっておいてー。ユカはやめろよ、ド下手だから」  と怒鳴る。返事は待たずに消えてしまう。 「勝手なやつだな…ったく」  それでもまあ、淳のおかげ(?)でお正月らしい食生活になりそうだ。  台車を食堂まで押していくと、わっと皆に取り囲まれる。 「なんだ、ミネそれ」  由宇也の言葉には 「おミズに差し入れ。」 とだけ答えておく。必要ならば、あとで淳が説明するだろう。  せっせと重箱を並べ、蓋を取っていくとそのたびに歓声が上がる。 「あと、誰か雑煮作って。」 「あ、じゃあ作るよ」  武が立ち上がる。 「ユカも作る?教えてあげるよ」 「うんっ!やってみる」  由利香は武について厨房に入っていった。
  
 

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