2.3. Two of Us 〜part3
「…」
一瞬返事に詰まるが
「知ってるんだろ」
と純がたたみかけると、やっと
「うん。おれもそれほど鈍感じゃねえよ」
と、純の言葉を認める。
「だよな。」
「でもさチルが見てるおれは、多分本当のおれじゃねえ。チルにもいつか可愛い彼女ができると思うし、それまでの寄り道だよ」
「わかんねえだろ、そんなの」
「だよなぁ。そういうの色々見てるし…。別にオトコ同士なのはいいんだけど。まあ、オトコかオンナかなんて、たまたまだし。多分ユカがオトコでも、同じだったと思う」
純はその言葉に、ふっと笑う。いつもながら、淳のこういう考え方はすごいと思う。
「…すげーな、おまえ。おれはそういう風には考えられねえ」
「ミネがオンナでもちゃんと好きになったし」
「…なんで言うかな、そういうことを」
せっかく誉めたのにと思いながら、純はグラスを空け、残りを注ぐ。ウイスキーの壜は空になった。
「あ、ひでーミネ」
「どうせ、まだ持ってんだろ。」
「ち、バレた」
荷物の中から壜をもう一本出す。
「ったく、酒そんなに持ってくるなら、タオルくらい持って来いよ」
あんなに純が言ったのに、きっちりタオルを忘れてきた。幸い町で買えたけど。
「買えたから、いいじゃん。…なんか寒くねえ?」
「抱いてとか言うなよ」
「えー?」
「えーじゃねえだろっ!」
「しょーがねーや、おれ、毛布取って来る。ミネ、火見てて」
懐中電灯を持って、2階に上っていく。しんとした屋敷の中に淳の足音だけが響く。
足音は、しばらく行ったり来たりしていたが、やがてぱたっと止まって、がさがさと何かを探す音。そこからずるずる何かを引き出すような音がし、また足音が移動し出した。…と、思うとまたぱたっと止まり、ガタガタと引き出しを開けるような音がしたかと思うと、がらがらと何かが崩れる音といっしょに
「うぎやああっ!」
という、淳の叫び声が聞こえた。
「おミズっ!どうした!」
2階に向かって声をかけると
「ごめん、へーき!ちょっと、なんか崩して、懐中電灯落とした!」
と比較的冷静な声で返事が帰ってくる。
「そっち行こうか?」
「ミネは無理だって。真っ暗だから。大丈夫だから待ってて」
ゆっくりと足音が動き出した。
階段の上辺りに差し掛かり、ほっとしたのもつかの間、いきなり今度はどどどどっと何かが転げ落ちる音。続いて呻き声。
「いってえ…」
「おミズっ!もうっ、おまえはあっ!」
「来なくていいって!暗いから!」
じりじりしながら、待っていると、暗闇の中から、淳が現れる。真空パックされた毛布を2枚抱えて、ちょっと疲れた顔。ほっとしながらも、
「まったく、暗い中歩き回るから。いくら分かるって言っても」
と、つい文句の一つも言いたくなる。
「だって寒いじゃん。」
純の隣に崩れるように座り、パックをはがす。2,3回振るとすぐに毛布はふかふかに柔らかさを取り戻す。
「はい、これ、ミネ」
「怪我しなかったのかよ」
「わかんねー。受身取ったから、それほどは。」
「わかんねーって…しょうがねえなあ」
もう一枚を同じようにパックから出し、体に巻きつけると、
「あったけえー。幸せー」
「へんなヤツ」
純も同じように毛布を体に巻く。薄いわりにとても暖かい。
「さすが、アンゴラ100パーセントだな」
毛布についたタグを確認する。これもまた高級だ。そんなもんホコリだらけの床の上で使っていいものなんだろうか。
「あのさーおもしれーもん、見っけた」
「何?」
「昔の写真」
パラパラと数枚の写真を床にばら撒く。
「へえ…」
「これ探してたらなんか崩した」
「あーあ。明日、片付けだな、明るくなったら」
「ごっめーん。」
舌を出す淳の顔を、間近で見てぎょっとする。額が切れて、血が流れている。
「おミズ…、血出てる。」
「え?どこ?」
「顔。おまえさ、もうちょっと大事にしろよ、せっかくきれいな顔してんのに」
タオルを出して、傷口を押さえてやると、複雑な表情で純を見返している。
「なんだよ?」
「ミネにきれいとか言われた事ねーじゃん。あー、びっくりした」
「そっか?言ったろ」
「言われてねえよ。なんか…ちょっと照れる」
「ば…ばかかっ!」
タオルを投げつけると、淳は笑いながら応じ
「あ、じょーだんじょーだん、怒んなよ。ほら、これなんか、らぶりー…」
と一枚の写真を出す。3歳くらいの子供が2人。ちょこんと並んで座ってこっちを見ている。
「これ、おまえら…だよな」
「うん」
「なんで、スカート…」
「ねーちゃんがさー、妹が欲しかったとか言って、よく自分のお古着せたんだよなー。特にここ来ると、他におもちゃもねえからよく遊ばれた。」
「おまえ…やっぱヘンだ。」
「え?そう?」
「普通、自分が女の子のカッコウさせられた写真、可愛いとか言って見せるか?」
「だって、かわいーじゃん。昔は可愛かったよなーおれ」
「今も大人しくしてりゃ、それなりに可愛いけどな」
「ほんと? ♪」
「何喜んでんだよ。嫌なんじゃねえのか、可愛いとかいわれんの」
「ミネだと嫌じゃねーかも」
「またそういう危ない発言を…」
「ミネから言い出したんじゃん。」
「そうか。悪い。取り消す」
「ちっ、つまんねーの。一歩進んだカンケーになれるかと思ったのに」
「どこに進んでくんだよっ!」
「へへ。でもさ、おれ、ミネの事ほんっとに好きだよ。マジで」
「はいはい」
「またそーやって流す。」
「おれだって、おミズは大事だよ。でもおまえがそういうの無視してんだろ、みんなの気持ち」
「みんなねー。」
またなんとなく複雑な表情になる淳を見て見ぬ振りをし、純は写真に目を落とす。だいたいは家族の写真。幼い頃の淳と尚。生まれたばかりの妹の渚。淳と良く似た顔立ちの姉の晶。
「おミズんとこのねーちゃん美人だな」
「やっぱ?昔ミスコン荒らしだった。でもすっげー気ぃ強ぇんだぜ。」
「おまえのねーちゃんやってたら、気も強くなるって。」
気弱ではとても神経がもたない。すぐいなくなるし、怪我して帰るし、呼び出し喰らうし。渚が小さいとき体が弱かったので、母親がどうしてもそっちにかかりっきりになる事が多く、10才年上の晶は言わば母親代わりだった。小学校からの呼び出しに代わりに行った事もある。
「これは?」
純は一枚の写真に目を留めた。気の良さそうな中年の夫婦。2才くらいの淳と尚をそれぞれ抱っこして、にこにこ笑っている。
「さっきのおじさんとおばさんか?」
「あ、ホントだ。」
2人の間に、高校生くらいの制服姿の女の子が一緒に写っている。
「娘さん?」
「うん…でも…」
「でも?」
「…ええっとお」
言いにくそうにしながら純の表情を伺う。
「なんだよ。何かあったのか?」
「ここんちも火事があってさ。その時に行方不明で未だに見つからねえ」
「…」
「ごめん。」
「謝ったってしょうがねえだろ。うちの火事とは関係ねえよ」
「でも、やかなって」
「まあ、好きな話題じゃないけど。行方不明って?」
「遺体見つからなくって。そりゃ全焼だったんだけど、骨まで焼けるほどじゃなかったんだよな。それが不思議」
「ふーん…」
純はしげしげと写真を見る。
「何?幼児のおれに萌えた?」
「いいかげんにしろよな。もう呆れる気にもなれねえ…。なーんか、この顔誰かに似てねえか?」
「そっかあ?」
淳の顔の認識力は、必要が無い限りかなり低レベルなのはいつもの事。
「うーん、誰だっけ?」
純は考え込むがわからない。やっぱり酔ってるのかも知れない。