2.4. Encounter 〜part2

 
  
    
    「何食う?小雪、何好き?やっぱ下町っつうと、もんじゃかなあ」  このメンバーで、もんじゃ焼きする気か?違う気がする。 「もう少し普通のものを思いつかないのかな、君は」 「じゃ、食い放題」  それもかなり違う。 「あとさ、あそこのラーメン屋、特大ラーメン食うとタダになって賞金出んの。やってみる?あ、でもおれ3回クリアして、出入り禁止なんだ、ざんねーん」 「ゆきちゃんが特大ラーメンとか食べると思う?」 「あそこのカレー屋も5人前を30分で食うと、10枚つづりのタダ券貰えんだ」 「君の食生活どうなっているの?量はいいから、どこか落ち着けるところにしてくれないかな」  木実は、小雪の髪に対する好奇の視線を気にしながら言う。 「じゃ、あそこの蕎麦屋。奥座敷がある」  一軒の落ち着いた感じの蕎麦屋を指差す。 「ちょっと高いから、あんまり昼時でも混まねえし、静か。おれのガラじゃねーけど」 「じゃあ、そこにしよう。いい、ゆきちゃん?」  暖簾をくぐると、 「っらっしゃいませー」 という威勢のよい声が迎える。奥座敷に案内してもらい、やっと一息付く。  木実と小雪が並んで座り、淳は小雪の向かいに座ってじっと小雪を見る。しばらくして、口を開く 「ねー、目の色隠してんの?どうして?おれのとこ来た時は紅いままだったよね」 「無神経だな、君は。」  答えに戸惑う小雪の代わりに、木実が不快そうな口調で答える。 「だって、綺麗じゃん、紅い眼って。もったいねえなって思って」 「そりゃあ、僕だってそう思うけど…世間一般は思わないんだよ。君だって分かってるだろう」  それには答えずに今度は木実に向かって 「ナッツってさあ、小雪といっしょだと、余裕ねえよな。なにピリピリしてんの。おれが悪さしそうに見える?」 「見えるよ。君は世間の垢にまみれ過ぎている。僕たちとは世界が違う。ゆきちゃん、お茶お代わりいる?」  小雪は小さくかぶりを振る。両手で湯飲みを持ったまま、何か考えているような表情。 「お待たせしました」  注文した品が運ばれてくる。 「…君、何頼んでるの。」 「カツ丼と、大盛りタヌキ」 「もっと老舗の蕎麦屋に相応しいものが食べられないの?本当に元気だよね。」 「誰と比べてるかは分かってるよ」  小雪の盛りそばと見比べながら淳は答える。 「いただきます」  早速カツ丼にとりかかる淳を横目で見ながら、木実は 「ゆきちゃん、ねぎ入れる?わさびは?」 となにかと小雪の世話を焼いている。それをこちらも横目で見つつ 「ねーあんたらデキてんの?」 と聞く。とたんに木実は、普段あまり見せないあせったような表情になる。 「なっなっ何言ってんの、君わっ!でっできてるってっ!?」 「そんなあせんなくてもいーじゃん」 「そういう言葉、ゆきちゃんの前で使わないでくれないかな。ゆきちゃんは君と違って純粋なんだからっ!」 「ふーん、プラトニックなんだ」 「あっ…あのねえ。」  木実と淳の会話を、小雪は箸を止めてじっと聞いている。怪訝そうな表情で 「プラトニック?」 と繰り返す。 「いいよ、ゆきちゃんは知らなくていい言葉だから」 「過保護じゃねえの?世間の垢以前の問題だろ。20才過ぎの男にさあ」 「ゆきちゃんは男とか女とか関係ないのっ!」 「ナッツ…おまえヘン」  しげしげと木実の顔を覗き込むと、木実は真顔で 「ヘンって、どういう事かな。僕はゆきちゃんが仕事以外の事に気を取られないで、集中できるようにしているだけ。」 「ふ〜ん、いっけどさ。」  小雪の箸がまた動き出した。数本の蕎麦を掬い上げ、つゆにつけて口に運ぶ様が一連の流れになって見える。その手の動きに思わず見とれてしまう。 「なに?」  淳の視線に気付いて、小雪が手を止める。 「あ、ごめん。いや…なんか、すっげーキレイな動きするなと思って。」 「あんまりじろじろ見ないでくれないかな。」 「なんだよ、おまえんじゃねえだろ。」 「ま…またそんな言い方をする。どうして君はそう下世話な表現するわけ?」 「うっせえな、どーせおれは俗物だよ。きれいだと思ったら見たいし、やだったら見たくねえし、それだけじゃん」 「きれい?」  小雪はまた怪訝そうな視線を淳に向ける。  淳の言動は小雪にはよく分からない。あまり色々な人と関わってきた事はないが、それでも淳は小雪にとってはかなり異質な存在に感じられる。不快ではない。でもなんとなく落ち着かない気分にさせられる事も確かだ。 「この前、ナッツにお願いされたんだ。」  あっという間に、食事を終えた淳は、唐突にそんなことを言い出した。木実が止めようとすると、 「わかってるって、何をお願いされたかは言わない。ただ、今度おれからお願いしておこうかと思ってさ、小雪に」 「なに」 「小雪さっきナイフ買ったよね。あれ、おれもすげえ気に入ってたんだ。でも、金なくて買えなかった。口惜しいけどさ。でも、小雪に買ってもらえて良かったかなと思ってる。大事にしてもらえそうだし…で、今度、もし、おれの事殺しに来るんなら、あれ使ってよ。おれ、殺されるんならあのナイフで刺し殺されたい」 「わかった」  小雪は頷き、淳は 「良かった」 といいながら、木実に向かってにやっと笑う。木実は呆気にとられたような表情で2人を見比べていた。

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 自分の部屋にもどってから午後いっぱいをナイフの手入れで過ごし、上機嫌で夕飯に向かう。 「ミネ、デート楽しかった?」  てっきり、機嫌が悪くなっているものと思っていたのに、予想外に楽しそうな淳に面食らった純は 「あ、ああ、まあね」 とあいまいに返事を返す。 「おまえ何してたんだ」 「ナイフ見てきた」  それはなかなか合理的な時間の使い方だ。ナイフ買いにはさすがに誰も付き合いにくい。 「でさ、おもしれーヤツに会った。」 「誰だよ」 「小雪」 「はあああっ!?」 「ナッツといっしょでさ、飯食って来た」 「お…っおまえなああ…」  平然と夕飯を口に運ぶ淳を見ていると著しく脱力する。 「おミズ、自覚あるか?」 「何の?」 「殺されかけたって」 「ああ、それね。なんかあんま実感わかなくて。小雪目の前にしたら、ますます実感が…。あいつさあ、ナイフの趣味おれと似てるし」 「それが、どう関係あるんだよ!」 「ますます、なんか似てるなあ…って…。おれが気に入ったけど買えなかったナイフ買ってった。おれ、どうせ死ぬならあれで刺されてえ」  平気でそんなことを言う淳に怒りがこみ上げてくる。  本当に、みんなが心配しているのに全く自覚が無い。 「ばっかやろうっっっ!何言ってんだよっ!…って、まさか、小雪に言ってねえよな、それ」 「言っちゃった。わかったって言ってた。」 「……どういう会話してんだよ。おかしいっ!絶対おかしいってっ!」 「ナッツ呆れてた。ちょっとこの前のダメージに対する、リベンジになったかも」  純はまじまじと淳の顔を見る。こいつやっぱり一人にしておくとロクな事がない。やっぱり自分が付いてるしかないんだろうか。 「どうしたの、ミネちゃん?また淳がばかな事した?」  由利香がにこにこ笑いながら、お盆を持って現れる。  淳の隣に座って 「淳、今日何してたの?」 と聞く。 「ナイフ買って来た。見る?」 「うん、見せて」  由利香は目を輝かせる。自分で使うのはあまり得意ではないが、淳のナイフを見せてもらうのは結構好きだ。と、言うより、ナイフの事を楽しそうに話す淳の表情や仕草を見るのが、好きなのかもしれない。  淳は、どこからともなく5本のナイフを取り出す。  「そんなにどこに隠してたんだ。」 「あちこちに。小雪はもっと手際良かった。一瞬でどっかにしまうの、すっげーかっこいい」 「何ファンになってんだお前は。」 「え、小雪に会ったの?」 「そっ。で、ミネに怒られてんの」 「どうして会っただけで怒られんの?」 「かわいそうだろ」 「…多分違うよね」  さすがにそんなだまされ方はしない。 「ユカそいつ、小雪と馴れ合ってきたんだよ。なんとか言ってやって」 「そ…そうなんだ。淳ってほんっと誰とでも友達になるよね」 「ユカも…そういう問題?」 「だってそれしか言いようがないじゃない。」  確かに淳がやる事を止めるのは難しい。 「あ、これきれいだね」  由利香はナイフのうちの一本を手にして、しげしげと眺めた。軽く薄い刃にも細かい模様がついていて、柄には蔦が絡まる模様が施されている。 「だろ。それ、きれいだから買ったんだけど、ちょっと重心ずれてんだよね」 「そーなの?」  ナイフを手の平に載せて、重さを確かめるようにじっと神経を集中させてみる。 「わかんないよ」 「投げると微妙にズレるんだよな。普通は買わねえけど、デザイン気に入って」 「おミズ…おまえさ」  純は、由利香に楽しそうにナイフの説明をする淳を白い目で見ながら 「おれがナイフ触ると怒るよな」 と冷たい声で言う。 「えっ。あ…あっれえ、そーだっけ。ヘンだなー」 「所詮そんなもんだよな、おまえなんか。人の事頼りにしてるとか言っといて、その程度なんだよ」 「えー、ミネー愛してるってば」 「嘘付けっ!」  手元にあった割り箸を投げつける。淳はそれを片手で受け取って 「愛ちゃん、ミネ乱暴だよ」 と愛に文句を言う。 「おミズの事心配してるから。おミズもあんまり無茶しないでね」 「無茶かなあ。まあ気をつけるけど。ミネ、ナッツ達に関して神経質すぎねえ?いきなり街中で襲ってきたりしねえよ」 「油断見せるなって言ってんだよ。」 「お互い様じゃねえか、そんなん。」 「あのさ、おまえはどう考えてるか知らないけど、ΦはΣの動きを阻止するのが目的ってちゃんと聞いてるよな」 「うん。日ごろ意識してねえけど」 「それがどういう事かわかってるよな」 「さー」 「とぼけんじゃねえよ」 「愛ちゃんミネ、こわいー」 「おミズっ!!」  両手をテーブルに突いて立ち上がる。バンっと大きな音がして、まわりの視線が集る。 「ミネ…」  武が後ろからぽんと肩を叩く。 「またおミズに、かき回されてるの?」 「え?ああ…。聞いてくれよ、タケ、こいつさ」 「ある意味、痴話げんかだからね、ミネとおミズの口げんか。」  武はにこにこしながら、(純にとって)とんでも無い事を口にする。 「痴…っ、痴話げんかってっ、タケっ!」 「だって、だいたいは、ミネがおミズの事心配しすぎて、おミズが適当に流そうとして、ミネが怒るのが原因でしょ。犬も食わない類だよ。ユカとラヴちゃんの前で悪いけど」 「わかってるから、大丈夫」  愛もにこにこ返す。 「はぁぁぁぁぁ…」  純は力なくイスに座る。 「なんだかなあ…」 「でも、ミネはおれの事心配しちゃうんだよねー。不憫―」 「自分で言うな」  今度は紙ナプキンを丸めて投げる。 「ああ、おミズ、相談があるんだけど、聞いてくれる?」 「え?おれ?おれが、タケの相談に乗んの?」  淳は意外そうな顔になる。武が誰かに相談するのは珍しい。彼はいつでも淡々と、悩みなど持たずに生活しているように見える。まあ、悩みがない人間なんていないから、本当は一人で解決しているのかもしれないが。 「めっずらしい。何か悩んでんの?」 「う〜ん。正確に言うと、悩みとは違うけど」  武は表情を変えずに続ける。 「ちょっと、おミズに関係あるから。Φやめようかなと思って」 「えええ〜っっ!!!」  4人はいっせいに叫んだ。 じゃあ部屋で待ってるから、と言い残してさっさと居なくなってしまった武をみんなで無言で見送った。  4人4様の思いが頭を駆け巡る。特に小さい時から武といっしょにいた由利香は涙ぐまんばかりになっている。その時が来たのかなという思い。Φは大体20才くらいまでにみんな止めてしまうから、あと数年でバラバラになってしまうことは予想しているけれど。でも、とうそうそれが始まってしまったのか。  でも、どうして、武なんだろう。武の記憶が消されたら、一体何が残るのだろう。  淳は、残り3人に『辞めるの止めさせろ』という使命を受けて、武の部屋に向かった。
  
 

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